かいけママの仕事のこと
いつも書いている同僚の女性たちのことです。
Mさんはよき理解者で、知識が豊富で、とても温かい人柄の人です。
Jさんは自分勝手で、攻撃的で、仕事の知識に乏しい人です。
私もJさんとは仲良くしたくはありませんが、このMさんとJさん、犬猿の仲なのです。

ある朝共同実験室から研究室に戻るとなにやら険悪な雰囲気。
どうもまたJさんが何かやらかして、Mさんを刺激したようです。
もともと普段からの様子を知っているので、Mさんからの状況説明を聞いて納得した私。
仕事の続きのためにまた共同実験室に戻り、しばらくしてまた研究室に帰ってみると・・・

何と腹に据えかねたMさん、警察を呼んでしまっていました!
「身の危険を感じたから呼んだの。」と。
確かに研究室には毒薬・劇薬・発癌物質がたくさんあります。

アメリカではこのやり方が正しいのかもしれません。。。
自分の身はちゃんと自分で守らないと。
しかし、一緒に仕事するのなら出来れば円滑に働きたいものであります、が。
2006.7.24
Well balanced life

英語の先生に聞かれました。
「生活のバランスはいかがですか?仕事は何パーセントですか?余暇は?運動は?趣味は?社交は?」
私は答えました。
「余暇は5%、運動・趣味は1%、社交は10%。後は仕事です。」
先生はお説教を始めました。
「そんな生活を送るためにアメリカに来たのですか?」
私は言いました。
「日本では、余暇1%、社交1%、趣味・運動5%。残りが仕事でした。
今の生活は、以前よりもずっと豊かです。」
あきれ返ったのか、先生はここでこの話題を打ち切りました。
仕事中毒、なのでしょうね・・・やはり。
(あ、でも、家事とかも含まれてますから、本当の仕事はもっと少ないです。)
2006.6.25
Ph. D. (Doctor of Philosophy)とは、日本語で言うと博士号になりますが、
アメリカでこれを取るのは結構時間がかかるようです。隣のラボの大学院生が
defence(学位審査)を合格したのですが、彼はとても短期間で学位を取ったそうです。
何年かかったかと聞いてみると、4年と半分。平均は5年半とのことなので、
大分早いと言うことになります。日本では最近博士号を取るのはどんどんたいへんになってきていますが、
かいけママの大学院の頃は平均(?)4年でした。かいけママは一身上の都合で
5年半かかったので、今から思うと、アメリカ型だったのでしょうか???(んなわけないって)
Ph. D.を取ると、同じ所に留まらず、どんどんチャンスを見つけてステップアップしていくと言う
なかなかタフでたくましいアメリカの研究者達。大学院生だからといって、
結構勉強しているし、プロ意識も持ってます。この辺は見習わなくっちゃなあと思うのでありました。
2006.6.15
どうにかこうにかセミナーを終えました。
緊張した・・・。しゃべりたかったことの半分くらいしか話せなかった気がします。
でも、おかげさまでいくつか質問をいただきました。
質問のうち一つは予想外の内容で、ハテ、困った。
救いを求めるようにボスの方を見たら、え???目をそらすどころか
横向いちゃった。。。別のポスドクの時は助け舟出してたじゃないの!どうして???
しょうがないわよ、「分からない」と答えました。本当は良く考えれば分かる内容だったんだけど、
頭の中が「????」になっちゃってたのでしょうね〜〜〜〜。
まだまだ修行が足りませんね。とほほ。。。
あ、でも、共同研究を一つ取り付けました。やった!

ボスもやっと最近、私が帰国する予定の人間だと認識したかなと思いきや、
ぎりぎりまでこき使おうと考え直したらしく、仕事の量は増える一方・・・
まあ、忙しいのはいいのですが。
2006.5.18
今年も再契約にこぎつけました。やった!
しかも昇給もいただきました。わ〜い!

そして、再契約期間の最初の仕事が、セミナーで話すことです。
そのセミナーが来週に迫っています。そして、今日ボスのところに行って来ました。
私 「あの、スライド見てもらうお時間ありますか?」
ボス「ない。グラントの提出期限が迫ってて忙しい。」

え???普通はラボ内でリハーサルしたりするのでは?それもなし。
せめてボスのチェックをいただけるとありがたいのですが・・・
とってもお忙しいそうで、仕方なく自力で本番にこぎつけるしかありません。とほほ・・・
ボス様ボス様、本番で質問攻め、火だるまになったら助けてね、せめて。
2006.4.27
契約期間の最後にボスから「評価」をいただきます。
去年よりも評価が思わしくなくがっかりしたいた私ですが、ラボマネージャーから
意外な真実を知らされました。彼女はとても優秀な人で、以前のボスからは
いっつもE(excellent)評価をもらっていたそうです。ところが今のボスの下に移ったら
E評価ではなかったそうです。そこが彼女の素晴らしいところなのですが、
「そんな評価にはサインは出来ない。私はとてもよく仕事をしている。」と、
ボスの評価書を突っぱねたそうです。そこで弱ったボスは打ち明け話をしたそうです。
「Eをあげると昇給をしなければならない。しかしお金がない。」
そこで彼女は仕方なくサインしたとのことです。それから7年。今も彼女は
元気良くとてもよく働いています。私も去年はパートタイムからの倍以上の昇給だったので、
甘い評価をいただいたのでしょう。今年は厳しい現実を知らされてしまいました。
でも、とにかくこつこつと結果を出すのみです。
2006.4.16
仕事では、なかなか当りがありません。
つまり、実験をしても「陰性」の結果が出ることが多いのです。
ずーっとその「陰性」 ばかり出ており、気持ちが沈んでいました。
そんな時、正直にある人に「自信をなくしそうなんだ。」と打ち明けてみました。
ある人は「みんな格闘してるよ。大丈夫。信じて進めば道は開ける。」
別の人は「あなたならきっと良い結果を出すと思う。大丈夫。一歩一歩いくしかない。」
こう言ってもらい、「もうちょっとがんばってみるか。」 と気持ちを新たにしたのであります。
なかなか道は険しく遠いけど、進むしかないのであります。

ところで、御近所のラボの日本人の方と廊下で立ち話をしました。
彼女の友人が胃がんの末期でアメリカからようやっと日本に帰国したということでした。
まだ40台で、お子さんも小さく、やることがたくさんあるはずのときの病気。
胸に水がたまって、とても苦しく、空港から直接病院に運ばれたそうです。彼女は、
「いったい何をしてあげられるかなぁ。まだまだ教えてほしいことがたくさんあるのよ。
そうやってね、あなたが必要だってことを手紙に書いているの。それくらいしか出来ない。
御家族や御両親のことを思うととても辛い。少しでも長く生きて欲しいけど、
でもあんまり苦しいなら長く生きてもらうのも辛いよね。。。 」
と話していました。本当に若い患者さんは特に辛いです。
ますます「がん治療」でできることについて考えさせられた日でした。
2006.1.18
今日は同僚(別人)がランチに誘ってくれました。
幸いお天気も良く、仕事を抜け出すのは良い気持ち。
同僚とランチに出かけるって言うのは、初めての体験でしたが、
一日をとっても楽しい気分にしてくれました。

何しろ最初は知り合いが一人も居らず、心細い思いをしていただけに、
やっとこうしてランチに同僚と出かけられるようになったことが、しみじみとありがたいなぁと思います。
次回はお礼に日本食レストランに誘ってみようかな。
2005.11.07
本田美奈子さんの訃報に驚いています。
本田さんの特別ファンというわけではありませんでしたが、
独自の歌の世界を持ち、非常に前向きな方だったようで、とても残念に思います。

白血病は治る確率がだいぶ上がってきています。治療方法の研究もたくさんなされています。
日本では腫瘍内科で仕事をし、アメリカでも癌研究を続けているかいけママとしては、
現代の医療では及ばない・・・ということを知らされ非常に口惜しく思います。
もっともっと研究が進み、大切な命を救うことが出来るようになる日を夢見て・・・。
本田美奈子さんの御冥福を心よりお祈りいたします。
2005.11.06
先日言い合いをした同僚、またまたやってくれました。
彼女は何もかも自分専用でないと気が済まないのです。

先日共用のピペットを自分の引き出しに隠して、こっそり自分専用にしてしまったのです。
それを知らずに朝7時から仕事を始めようと準備していた私。
ピペットを探したが見つからない。見つからない。見つからない。
彼女が仕事に来たのが3時間後の10時。
私「ピペット知らない?」
同僚「ああ、これ?(自分個人の隠し場所から取り出し)使っていいよ。」
私「これは共用のだよ。ちゃんと知らせてよ。」
同僚「わかった。」

頭に来た私はボスのところに。
ボス「彼女のことは分かってる。他の人からも聞いている。接点を持たないほうが良い。新しくピペット買っていいよ。」

その後、同僚は自分専用として使いたい時に、知らせてくれるのはいいが、
同僚「明日ピペット使いたいから。」
私「でも、私も必要なんだけど。あなたより私の方が朝が早いし。」
同僚「○○のピペットを借りたら?(つまり、私には使って欲しくない)」
私「はっ???(会話するのがあほらしくなり)もういいわ。」

今日はとうとう「このピペットであの試薬は使うな」とかいちいち言い出す始末。
なぜかと聞くいても、同僚はちゃんとした理由を言うことが出来ない。
他の人の状況説明によると、彼女は自分のイライラのはけ口として、誰かに文句を言いたかったようだ。
しかも、自分の実験で何かうまく行かないらしく、その理由をピペットを共用しているためにしたいようだ。

堪忍袋の緒が切れた私。
私「は?あんたとはもうゼッタイ共用しないわ。あんたはおかしい。それに、科学的根拠がない。」
周りの人が心配してくれるくらい怒りました。でも、周りの人たちが言うには
「彼女はトラブルメーカーだ。」
「彼女は他の人を傷つけたがっている。攻撃的だ。」
「何も知らないくせに、人の言うことを聞かない。」
「あなたのボスがなぜ彼女を解雇しないのか分からない。」
等々。。。
良かった。私が間違っていたわけではないのね。やっぱり彼女はおかしいよ。。。

とりあえず新しいピペットが到着して、彼女と共用しなくてよくなりホット一息。
でも、この調子で何もかも個人所有にしていたら、お金がいくらあっても足りないと思うんだけど、、、。
ま、ボスがそうしなさいって言ったんだから、いっかなぁ。
彼女とは、本当に出来るだけ接点を持たないようにしないと疲れてしまう。。。
2005.10.26
こちらの車のナンバープレートは、お金さえ払えば好きな数字とアルファベットに出来る。
今日偶然御近所のラボのPI(principal investigator)のが乗っている車を見かけた。
天晴れ!ナンバープレートは、彼の研究している物質である "IKK 1" だった。
彼のこわもてとそのナンバープレートが妙な取り合わせで、思わずニヤッとしてしまった。
仕事とは直接関係ないんだけどね。
2005.9.24

アパートからの強制退去、あいつぐ車の故障、昨夏のERへの入院。
とにかく人一倍いろいろなことが起こる我が家だが、学童保育の契約更新が
出来ないことがわかって、必死に新しい学童保育施設を探していたとき、
同僚にその話をしたところ、
「いろんな問題が起こるけど、解決できないことも多い。その問題はきっと解決するよ。大丈夫。
あなたはいろんなことが体験できて運がいいね。」

いやはや、びっくりした。私としては、
「それはたいへんだね。」
と慰めの言葉が返ってくると思いながら話していたのだが、、、。 常日頃から
「もっと強くなれ!もったたくましくなれ!」
と私に言い聞かせている彼女。何と言うか、今回の問題がたいしたことじゃないような気がして来ちゃいました。
まだあまり実感は無いけれど、彼女のおかげ(?)で、私も去年の今頃よりもだいぶたくましくなったことでしょう。

いつも思うことだけど、日本人の良いところを忘れずに、アメリカで磨きをかけたい!かいけママでした。
2005.9.8

昨日、ラボの同僚とちょっと言い合ってしまいました。
彼女は私より年上で、しかもスタッフ。
だけどモレキュラーのこと、理論とか原理とか全然勉強してないの。。。
いくら言っても、彼女の反論には寄って立つ理由が無いの。
途中で説明するのにも疲れて、「もう好きなようにやってちょうだい。」
と思わず言ってしまいました。だって、アドバイスにも聞く耳を持たないのだもの。

私も多くを知っているわけじゃないけど、何かを始めるには
必ず必要な基礎的知識を仕入れてから始めるようにしています。
人が教えてくれるのは、最も簡単に効率的に新しいことを学ぶことが出来、視野も広がり、
私は貴重な勉強の機会だと思っています。
相手が目下の人でも、自分の知らないことを教えてくれる場合、拝聴します。
彼女を反面教師として、自分は色々吸収して成長したいなぁと思う出来事でした。
2005.6.2
コンピュータールームで偶然ボスにばったり出くわした。
そしてこれまた突然
「フルタイムで働く気ある?」
らっき〜♪

そりゃあもう二つ返事で「超うれしいっす!!!」でも待てよ、
私 「娘が病気のときとか、休まなきゃいけないかも?」
ボス「いいよ。」
まじっすか?うれしすぎる〜♪

契約更新の5月からフルタイムに昇格!!!お仕事張り切りまする!!!
2005.3.17
ボスが突然
「何時何時までに使わなければいけないお金がある。顕微鏡を買ってあげる。見積もりを持ってきて。」
らっき〜♪

早速日本でも使っていたA社に連絡。
それから、勤務先の研究所の顕微鏡専門部門で使われているB社にも連絡。
その日のうちにA社のセールスマンがやって来た。
”ママのつぶやき”でも書いたがこの人がとにかく良くしゃべる。
一人でしゃべりまくる。まあ何とか見積もりを送ってもらう。
さて、B社の人とはすれ違ってしまったが、マネージャーを通して見積もりを受け取る。
同じ品質の顕微鏡で大体同じ値段。さて困った。ボスに相談したら「自分で決めていいよ。」と。

A社の人は毎日やって来る。
仕事中に突然来て、特に何をするわけでもなく「もう決めた?」と聞いては、しゃべりまくっていく。
「毎日来なくていいってば。」といっても毎日来る。
ここの施設の駐車場の値段がどうこうとか言わなくてもいい事をしゃべり、他の人と携帯で電話し、
私が仕事中の机の上でメモを取る始末。。。

ところで、B社の人とはすれ違い。仕方が無いので、来てもらうように連絡する。
やってきたB社の人はさっぱり・きっぱり・はっきりしている。
私が 仕事中だと「何分後がいい?また来るよ。」
顕微鏡の値段も「いくらいくらにするよ。」とキリのいい数字を約束し、すぐに見積もりを送ってくれる。
それに必要なときしか来ない。しかし何回もメールをくれて、セールスポイントを箇条書きにして送ったり、
自分に出来ることを売り込んだり、今後のメンテナンスについて明文化したり、
押し付けがましくないけどポイントを押さえている。
 
しかし、A社は日本の企業。日本で使っていて慣れている。
B社はドイツの企業。日本でのシェアはまだあまり大きくない。
けれど、研究所の顕微鏡部門で導入されていると言う強みがある。
さて、どうしよう。週末もずっと考えた。そして、やっと結論を出した。
これからメンテナンスで長いお付き合いをすること、
研究所の顕微鏡部門にも色々聞く必要が出てくるだろうことを考えた。そして両社にお返事した。

ところが!!!お断りしたA社のセールスマンから文句たらたらいやみたらたら皮肉たっぷりのメールが来た。
それだけでもかなり落ち込んだのに、直接研究所にもやって来て何時にも増して文句しゃべるしゃべるしゃべりまくる。
仕方が無いので、「時間を無駄にしたくないのですが。」とすこしきつく言ってしまった。
やっと帰ってくれたが、後味が非常に悪かった。。。
「何で当社を選ばなかったんだ?」って聞かれたけど、「あんたが不躾だからだよ。」とは言えなかった。
・・・言っていた方が良かったかしら?

あまりに頭にきていたので、このことを同僚に話したら、
「忙しいって言って無視していいんだよ。親切に対応しなくてもいいんだよ。あなたは礼儀正しすぎる。」、
「私だったら、『(とてつもなく安い金額を言って)この値段にしてくれたらあなたから買うよ。』って言うよ。」、
「どっちかから買うって決めたら、もう一方には連絡しなくていいよ。もしまた来たら、『もう決めちゃったわぁ。』って言えばいいんだよ。」、
「もっとたくましくならなくちゃだめだね。」ですって。。。

私もまだまだひよっこだなぁ〜。彼女の言う通りもっともっとたくましくならなければ生き残れないのかも。
でも、日本人の特性を忘れないまま逞しくなりたいな。出来るかなぁ・・・あぁ、それにしてもここはアメリカ!!!
冷静に考えてみると良い製品を良い値段で買えたし、まぁ、幸せだな。うん。
2005.3.3
coreのこと
日本の研究所で、細胞培養し、実験をすると仮定する。
研究室にもよるが、かいけママが大学院時代を過ごしたラボでは・・・
まず、培養するための培養液を作る。そのためのを瓶などを洗い、器具を滅菌し、
自分で培養液を調合し、細胞培養を行う。当番性で培養室の掃除をし、
ごみを片付け、必要なものの管理を行った。そして、解析を行うためには、
自分でサンプル準備をして、サンプルを調整し、機械を操作し、機械の手入れをし、データの解析をし、、、。
という感じで日々過ごしてきた。
ところが!
アメリカでは違う。
グラスウォッシュcoreの人が瓶を洗い、滅菌してくれる。培養液coreの人が培養液を作り、
機械の担当の人が機械を手入れし、掃除担当の人がごみを片付け、掃除をしてくれる。
フローサイトcoreや、イメージングcore、シーケシングcoreなどの各coreの人が
サンプルさえ持っていけばサンプルの調合をして機械にかけて、解析してくれる。


つまり、料理にたとえると、日本では自分でメニューを考えて、レシピを準備し、お買い物をして、お料理して、
食べ終わったら、お皿を洗い片づけをする。
アメリカでは、メニューを考えて、レシピを準備し、お金さえ払えば、後は食べるだけ。


研究者は時間が有り余ってしまう、はず。ところがなぜか忙しい。
日本では、一人ひとつのプロジェクトで精一杯だとすると、平気で3つくらい掛け持ちできてしまうのだ。

でも、私はパートタイマー!あんまり根を詰めずに、のんびり行くぞ!
2004.11.13
いよいよかいけも一年生。思い切って、学童保育に入れることに。
実は、「そこまでして働くか?」と言う迷いもあった。
「パートだって割り切って、仕事の結果が遅れてもかまわないじゃん」
実際、仕事からの帰りが遅くなると寝るまでの時間が短くなるので、かいけとの時間が短くなる。
宿題をみてあげたり、英会話の勉強に行ったり、自分の宿題をしたり、家事をしたり、ますますあわただしくなる。

だけど、思い切って踏み切ってよかったのは、今まで仕事をするのに時間ばっかり気にしていたのが、
ある程度ゆったり心の余裕が持てるようになったこと。家出していた事務処理等を職場ですることで、
家に帰ったら、時間を出来るだけかいけに割くことが出来るようになったこと。調べ物をしたりする時間が持てるようになったこと。
そして願わくば、かいけが現地のお友達と過ごす時間が長くなり、より現地にとけ込めるように、英語に慣れるように。
2004.09.08

お給料が少ないために、節約生活の毎日。
何とかお金を手に入れられないか・・・
お金をもらえるかもしれない助成団体に申し込んでみることに。
しかし、配偶者の立場なので、かなり不利。でも、申し込むだけはやってみよう。
そこで、上司の推薦状が必要になり上司にお願いすると、
「自分で書いて持ってきて。それを直してあげるから。」
「・・・・・まじっすか?」

仕方なく、書きました。本を見ながら悪戦苦闘。
これでもかと自分のことをほめまくる推薦状。あぁ、はずかしい。
でも、万が一にもお金がもらえればと思うと恥ずかしいなどと言っていられません。
お願い、少しだけでも良いからお金を頂戴。
2004.08.06

このごろやっと職場にも慣れてきました。
同じ職場のメンバーが、
「私達は"Team"だから、いろいろなものなどを"share"しようね。」
って言ってくれました。仲間として、だんだん受け入れられつつあるのかなぁ・・・
何かちょっとうれしい♪ゆっくりでも良いから、こつこつ行こうっと!
2004.07.20
今日は、とってもうれしいことがありました。
かいけママの日本での仕事が国際誌に受理されたとのニュース!
長年の苦労が報われました・・・
お師匠さん、後輩の皆さん達の全面的なバックアップのおかげです。
仕事やめないでいてよかった・・・
2004.06.28
やっと!職場で自分のパソコンからプリンターが使えるようになり、
メールサーバーにアクセスできるようになりました。長かった・・・
日本だと、きっとあっという間に出来るのでしょうが、ネットワークだの
セキュリティだのがややこしいのです。しかも、このPCはOSがお家用であって職場用じゃない!
これは決定的な問題でした。職場のドメインにアクセスできないのです。。。
悪戦苦闘すること一月半。とりあえず必要最小限が出来るようになり
、ほっとしました。
パソコンに詳しい人からHome editionからPro editionへの
upgradeを勧められました。日本語のOSを日本から輸入するかな?
どなたかhomeからproへのOSのupgradeについて経験者いらっしゃいませんか?
2004.6.16
↓で、ほめたばかりなのにせっかくのシステム、大掛かり過ぎて、
一箇所がダウンすると、全館ダウンすることが判明!
しかも、ダウンしたのが休日!休日出勤していた(日本人だぁね)
かいけママ第一発見者で、どう対応したら良いかわからず
あたふたと苦戦。すっかりくたびれました。
大きなシステムは良いところも悪いところもあるやね。
2004.5.29
仕事をする上で設備・システムが違うと感激しています。
すっごく合理的。日本では、なかなかこんなに大きな設備・システムは難しいかな。
日中仕事をする上では、雑用が少なくて便利です。
母集団が大きいからか、考え方が根本的に違うのか・・・
しかし、日本みたいにきめ細やかなのはありえません!
あっさりさっぱり、シビアでドライ。こっちが動かないと何も進みません。

それにしても、みんな朝が早い。私も職場に7時半頃着くのですが、
もう仕事開始している人が結構います。
2004.5.28
世界の人口の比率からして当たり前なのだが、職場には
中国人とインド人がやたらと多い。
そして、中国人の名前を覚えるのはやたら難しい。
同じ職場にいる人は”ミンリー”、”リーミン”、”リー”、”ジンリー”と”リー”の付く方が多い、
こんがらかってしまう。間違えるのは失礼だと思うので、
”おはようリーさん”と 挨拶するだけで、めちゃめちゃ緊張する。
2004.5.18
いやはや、新しいことを始めるには何でも時間がかかるね。
何をするにも人に聞かないと判らない。。。
しかも、アメリカの人ってすぐに
”I am busy!"
とおっしゃる。しかも、約束は催促しないとなかなか果たされないし・・・
このペースに慣れるしかないのでしょうが、ね。
2004.5.10
さすがに今週はちょっと疲れました。精神的に・・・
すべて英語ってのは、結構しんどいですねぇ。
同じ部門に日本人は一人もいないので、
一日中緊張して会話をしています。 ふ〜〜〜〜
ここのページのタイトル「ママのため息」にしようかな。

それでも、何人かの名前を覚えて、少しずつ
お話が出来るようになって来ました。
こちらでは、結構みんなフレンドリーです。
ちょっとした時間でも、すぐに世間話開始!
ところが、世間話が一番難しい・・・。

週末は、ちょっと休息です。
また来週に備えて、充電充電!
2004.5.7
さて、肝腎の仕事ですが、上司に恵まれました。多分。
「子供が一番大事。こども優先で、自分のペースでやっていい。」と。
しかし、さすがアメリカ・・・。
「自分の好きなことをやっていい。好きな時間に仕事をしていい。
結果さえ出してくれればそれでいい。」
完全にほったらかしです。
結果を出せば、お給料上がるかもしれないけど、
結果を出せなければ、もちろん、”クビ”です。
う〜〜〜〜〜ん。
2004.5.6
何とか事務所のオリエンテーションまでに書類完成!
無事に雇用契約完了です。
ほっ

次に健康診断。 ここではまた分厚い書類、書類、書類・・・
感染症については、しつこいくらい聞かれました。
特に、結核。日本人は予防接種をしているので、
ツベルクリン反応が陽性に出てしまいます。それを説明しても、
「何で陽性なのか?胸の写真は?薬は飲んだのか?」等々。
お国の違いを理解してもらうのは困難です。

また、ドーピング?麻薬?の検査らしいのですが、オリンピックの選手になったかのような
薬物検査がありました。 所変われば・・・

2004.5.5

さて、書類の最終締め切りを延ばしてもらうことが出来ました。
当然のことながらいろいろ調べないと書けません。
日本の国とアメリカの国の税金の条約を調べて税金の書類を書き、
健康保険について調べて、家族の関係で普通に入るのとは違うことが判り、
結局わけが判らずとほほほほ・・・です。
最終的には管理官に泣きついていろいろ教えてもらうはめになりました。
やっと何とか書類完成間近!
2004.5.4

さて、いよいよアメリカでお仕事が始まりました。
月曜日、直属の上司がやって来て
「 管理官とのアポイントを取るから、それまでにこの書類をでかすように。」
と、分厚い契約書類(さすがアメリカ、契約社会。)を持ってきました。
予約は明日の朝という。
「さて、間に合うかな?」
書類を書き始めて程なく、もう一度上司がやって来て、
「10時に管理官が会ってくれるって言ってるから、それまでに書類を書くように!」
「!!!!!!」
そのときすでに9時10分!

真っ青になって書きました。
しかしですねぇ、 当然ながら間に合いませんでした。
とほほなスタートです。
管理官にはあきれられるし・・・。
ふ〜。
2004.5.3

〜この間に無事仕事が見つかりました。かいけパパの勤め先と同じ施設で、
癌研究部門です。これで無事にお仕事が続けられることになりました。
肩書きはは医学研究者とでもいうのかな。ワーキングマザー健在です!〜
かいけママは仕事を持つ兼業主婦です。
お仕事は、今のところ”めざせ!臨床腫瘍内科医”(日本の)。
専門医制度が立ち上がったばかりなので、数年後には
資格を取得したいと考えています。
といっても、聞きなれない方が多いと思います。

腫瘍内科とは、”がん”の化学療法を主に行います。
その他に、放射線化学療法、免疫療法、分子標的療法、
支持療法等、いろいろな治療法で”がん”の患者さんの
治療を行います。

かいけママの所属する科では、頭頚部癌、食道癌、胃癌、
大腸癌、乳癌、骨軟部腫瘍、悪性リンパ腫、原発不明の悪性腫瘍等、
ほぼ全身にわたるさまざまな腫瘍の患者さんが治療を受けています。
それらの患者さんの治療、全身状態の管理、
精神状態も手助けすることが仕事となります。
24時間365日お休みのない仕事です。

かいけパパは、心臓血管外科医です。
心筋梗塞、心臓弁疾患、心臓奇形、大動脈瘤等
心臓や、大血管の手術をすることがお仕事です。
もちろん、かいけママに増して忙しいお仕事で、
24時間365日全く!お休みの無いお仕事です。

今回、かいけパパが転勤になるところは
アメリカでも有数の心臓の病院・研究施設です。
ここで、心臓の研究を行うことになりました。かいけママは、大学院在学中に癌の研究を
していました。従って、せっかくの渡米の機会!
出来れば癌研究のお仕事を続けられたらいいなぁ・・・
そう考えています。今、お仕事を探している真っ最中。
2004.02.08